久しぶりに雨の一日となる。今日は10時から、49日の膳上げ法要が1件。納骨も兼ねていたのだが、雨のため納骨は後日ということになる。法事を導師席から見ていると、信仰心のある人、付き合いだけで来ている人、それぞれ事情はあると思うが不思議とその人の人柄が良く見えてくる。
ここのところ、直葬といって亡くなった仏様を、病院からそのまま火葬場に搬送して、お教もあげず、焼香だけして済ませてしまうという方が、首都圏を中心に増えているそうだ。
その理由は、安いから。簡単だから。お寺と付き合わなくていいから都合がいい。だそうだ。
「人は、生きてきたようにしか死ねない」自分はそう思っている。葬儀という人生最後の式典を簡単でいいからと、お経もあげずに直葬を好んで選択してしまう人は、一度しかない貴重な自分の一生も無駄にしてしまっているのではないか。
常に儲かる道を探し、自分の利益になることだけを考え、ろくに周りの迷惑も考えない。だから葬儀も簡単でいい。そう思ってしまう。
思い浮かべてみて欲しい。本当にたくさんの人に愛され、惜しまれながら亡くなっていった方の葬儀を。その人なりの、その人らしいお葬式に、しっかりとなっているはずである。
そんな中、法要中にしっかりと手を合わせ、合掌して仏様と向き合おうとしている方を導師席から見つけると、なんだかホッとさせられるのは私だけだろうか。

「人は、生きてきたようにしか死ねない」
重みのある言葉ですね。
私もしっかり心に刻んでおこう。
Nishiさんコメントありがとうございます!この言葉、先輩のお坊さんに2~3年前に言われたんですよ。僕もじ~んときて、現在座右の銘にしてます。言葉って深いですねよ。