5月から、月に1度の唱題行をはじめてから、今日が第2回目。勢いだけでやった前回とは違い、多少なりとも真価が問われる時。それなりの緊張が走る。
役員の方にもやっている現場を見てもらおうと、18時半から役員会を開き、その流れで唱題行を行うというスケジュール。
妙泉寺の年間行事というは、日蓮上人の御命日に合わせて行う「お会式」と、お釈迦様のご生誕をお祝いする「花まつり」の年にたった2回だけ。形式だけが先行して、お寺と檀家さんとはまだまだ距離もあるし、それにはお寺側の魅力不足という課題があるんだと思う。
こうした葬式・法事という、形式・付き合いから一切離れた、純粋に「おしえ」だけを伝える場所に、果たして魅力を感じて足を運んでもらえるのだろうか。
しかし、こんな時代だからこそ、仏教が頑張らなければいけないと思う。仏教には「より所」としての「おしえ」また、人を感動させ、動かせるだけのチカラが十分にあると思っている。それを生かすも死なすも、すべては坊主次第。。
この時代に既成仏教に何ができるのか、ひたすら模索し続けて生きるのか。それとも、檀家制度にあぐらをかいて、葬式仏教とヤユされても、耳に入れずに今まで通りの方法で生きるのか。
少なからず、期待をしてくださる少数意見に耳を傾け、先ずは檀家さんの期待にしっかりと応えられるお寺づくり。そこから初めてみようと思う。
