月曜日というのに、珍しく午前中から来談者と法事に追われる。お寺にやってくる来談者というのは、それなりに悩みを抱えていて、心の平安を望んでやってくる。
先ずはとにかく話を聴き入れ、緊張と共に溜め込んでいるものをゆっくりとほどいていく。間違っても、この場面に坊主の説教などを入れてはいけない。共通して言えることは、そんなことを、ここでどの来談者も、まったく望んでいないということだ。
誰にも言えない話を、誰にも受け入れてもらえない話を、お坊さんだから信頼して話してくれる。そのすがるような想いを、とにかくこちらは受け入れ、聴き入れる。
よく、お坊さんは説教をしたがる。「それは仏教では〇〇と言ってね...」と。しかし、どうしようもなく聴いて欲しい人に、ようやくたどり着いたはけ口場所で、「それは〇〇と言ってね...」と、あたかも本人の苦労を理解しているかのような口調でこちらが言ったところで、「やっぱりここも一緒か」となってしまうだろう。
不景気・リストラ・リストカット・不登校・自殺...第三者が思っているほど、すべてが簡単に解決できるものではない。
本人の立場に立って、どれだけ事の重みを受け止め、理解してあげられるか。「悩みを聴く」こちらの立場は、絶対にこれ以下ではいけない。
