日蓮宗 長久山 妙泉寺 縁起
日蓮宗 妙泉寺
山号:長久山
〇沿革
- 妙光院日城上人が、天正14年(1586)に当山を開山した。日城上人は、新羅三郎義光の三男、加賀美次郎遠光の苗裔である。
- 父有泉正忠は当地に住し、荒れ地を開墾していたが、永禄4年(1561)9月川中島の合戦に参加して戦死。
- 亡き父の菩提を弔うために、寺を建立し、名を「妙泉寺」とした。
- 日城は山林・田畑を若干買収して境内にした。
- その後、歴代の住職によって守られて現在に到るが、昭和19年、当山28世石原貞山代に本堂、庫裡、その他寺宝に至るまで焼失してしまった。
- しかし貞山上人は、燃え盛る本堂の中、日蓮上人像と、金まりを取りに行き、そのまま帰らぬ人となった。よって当山の日蓮上人像と金まりだけが唯一残り、当山の寺宝として残る。
その後、29世「川手海晴」代の昭和21年に、檀信徒の協力により本堂、庫裡など、当山の山林を伐採して建立した。 - 昭和47年に庫裡増築、51年書院、56年回廊を建立。
- 昭和53年頃より副住職の発願で当山所有の田畑約3000坪の農地を転用し墓地に造成。無料で分譲した。
- また当山第30世「川手海正」代、平成12年宗祖立教開宗750年事業として本堂増築、位牌堂新築、本堂屋根銅板葺を完成する。
- 今日の復興は熱心な檀信徒による。西谷法縁。
- 〇寺宝 身延山第90世日勇本尊、その他少々。
