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川手正順: 2009年5月アーカイブ

こ何十年とほったらかしにしていた竹やぶを、4人がかりで一気に切っていく。

チェーンソーで一人が倒し、もう一人が倒した竹を引っ張って幅5メートルに切っていく。あとの二人が枝を落とし、トラックにひたすら積んで運んでいく。

天気予報では午後から雨と言っていたが、朝から快晴。お日さまにグングン体力と水分を奪われていきながら、部活でグランドで走り回ってっていたあの頃と比べながら、日頃の運動不足をしみじみと実感する。。

朝の8時から開始して一時間ごとに15分の休憩をはさみ、夕方5時半までひたすら切って、なんとか200本。町から出る補助金の最高限度額本数はなんとかクリアできた。

作業を終えて、お墓に上って上から景色を眺めると、富士山が今まで見えなかった場所からもバッチリ見えるようになっていた。お墓を以前から購入されていた方には、本当に喜んでいただけると思う。

しかし、今回切ったのはまだほんの一部分。これからまた何度かに分けてやっていく予定だが、やってみて改めて感じたが、決して楽な作業ではない。

毎回業者に依頼していたらエライ金額になってしまうし、この寺にそんな金はどこにもない。檀家さんの協力を得たいが、こんな竹の間伐に興味を持って手伝ってくれる方がどれだけいるだろうか。

夢と現実・・・。またひとつ、大きな壁の存在を知った。

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の3時に起きて、身延山まで朝のお勤めに行く。といってもただお勤めに参加するのではなく、「朝勤出仕」と言って、今回はお勤めをさせていただく側。

白の衣に身を包み、約500人の参拝者が見守る中、総本山であげるお教はやはり気持ちがいい。静岡中部の住職・副住職を中心に声をかけて頂いて実現した話だが、最後にやったのが学生の時以来だから、実に8年ぶり。あの時と何も変わらない本堂で、少しは成長したであろう自分を見つめるには良い機会となった。次は何年先になるのだろうか。

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日百日の荒行を終えた仲間が、一人結婚した。行中に「実は婚約してるんです」という話を聞かされた時は、遠い遠いはるか先の話のように感じていたが、いざ無事にこの日を迎えてみると、本当に感慨深いものがある。

いまどきの二人と言ったら失礼にあたるかもしれないが、羨ましいくらいのお似合いのカップル。

今はお坊さんだからといって、結婚をしてはいけないという時代ではない。むしろ人を本気で好きになり、この人を一生守りたい、愛したいという大切な気持ちを、坊主が身をもって知り、その大切さを「法華経」に照らし合わせ、色んな形で伝えていって欲しい。

この先どうなるか、全く予定が未定の自分にも同じことを言いきかせながら、貴重な一夜が終わる。

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泉寺を上から見ると、3方を竹やぶで囲まれている。そのおかげ様で、毎年春には貴重な竹の子を食べさせて頂けるのだが、5月も半ばを過ぎると葉が落ち、またたく間に境内は笹でいっぱいになる。たった一日掃除をさぼっただけで荒寺となってしまう・・・。

そんな竹を、今月の30日(土)に一斉に間伐することにした。近所の方や親戚にも声をかけ、手伝ってもらう。実は今芝川町では、竹林の間伐を推進していて、間伐目的で竹を切ると、申請すれば竹一本につき200円の補助金がもらえるようになっている。上限は200本までなのだが、うちの様な三方を竹で囲まれているようなところではこの補助金は本当に有難い。間伐をしようと踏み切る原動力になっている。

しかし、竹は切るだけでは終わらない。実はまだその使い道がまだ決まっていないのだ。

竹炭にしたり、機械を使って粉々にして肥料にしたり、柵を竹で作れば趣のある庭も作れる。アイデアだけは出るが、いざやろうとすると人手も時間もかかるし、そもそもそんな技術は何も備えていない・・・。

じっくり考えて有効にと思っているが、とりあえずは、切ったままの竹を欲しいという方、無料で差し上げますので川手までご一報ください。お待ちしております。

 

しぶりに雨の一日となる。今日は10時から、49日の膳上げ法要が1件。納骨も兼ねていたのだが、雨のため納骨は後日ということになる。法事を導師席から見ていると、信仰心のある人、付き合いだけで来ている人、それぞれ事情はあると思うが不思議とその人の人柄が良く見えてくる。

ここのところ、直葬といって亡くなった仏様を、病院からそのまま火葬場に搬送して、お教もあげず、焼香だけして済ませてしまうという方が、首都圏を中心に増えているそうだ。

その理由は、安いから。簡単だから。お寺と付き合わなくていいから都合がいい。だそうだ。

「人は、生きてきたようにしか死ねない」自分はそう思っている。葬儀という人生最後の式典を簡単でいいからと、お経もあげずに直葬を好んで選択してしまう人は、一度しかない貴重な自分の一生も無駄にしてしまっているのではないか。

常に儲かる道を探し、自分の利益になることだけを考え、ろくに周りの迷惑も考えない。だから葬儀も簡単でいい。そう思ってしまう。

思い浮かべてみて欲しい。本当にたくさんの人に愛され、惜しまれながら亡くなっていった方の葬儀を。その人なりの、その人らしいお葬式に、しっかりとなっているはずである。

そんな中、法要中にしっかりと手を合わせ、合掌して仏様と向き合おうとしている方を導師席から見つけると、なんだかホッとさせられるのは私だけだろうか。

 

院中の祖父の看病から帰ってきてすぐに、昨日頂いて一晩水に浸けておいたらっかせいを植える。畝を5本起こし、一粒ずつ指で土を掻きながら(どうかカラスが食べませんように・・・)と願いを込めながらやさしく土をかぶしていく。昨日の畑指導の成果もあってか、思ったよりも早く終了。でもさすがに腰が痛い・・・。

昔の人は良く腰の曲がった人が多かった。機械もなく、広い土地を毎日手で耕していたんだから、ほんとに良くやっていたと思う。自分みたいに少しかじっただけでも痛いんだから、一日中、ほぼ毎日のようにやっていたら、そりゃさすがに腰だって曲がる。

でも、こうして畑に出ていると、お年寄りが向こうから話しかけてきてくれたり、そんなお年寄りの所にこっちも教えにもらいにいったりと、同じ人と話していても、明らかに親密度が増した気がする。

お年寄りも、子供も大人もみんなが隔てなく会話ができて、ふらっと何気なく立ち寄れて何より楽しい場所。そんなお寺を理想としているが、まだまだ道は険しい・・・。

 

然檀家の佐野良彦さんが朝早くから来てくれて、「俺が畑一緒にてつだってやらぁ~」と、なんと新しいクワまで寄付してくれた。ありがたい話である。

早速エンチョー(ホームセンター)でさつまいもの苗を200本買ってきて一緒に植える。実はここのところ畑に出る時間がほとんどなくて、まだ苗を一つも植えていなかった。こうしてお声掛け頂けるのは本当にありがたい。

実はさつまいもを植えるのはこれが2度目。最初は確か3年前の同じ時期。場所も今と同じところに植えたのだが、ほとんどモグラに食べられてしまったり雑草を取らなかったりして養分不足で失敗している。

今回はその反省を生かし、しっかりとした畝づくりから、土には堆肥も施し、教わったように苗は寝かしながら植えていく。後は雑草をしっかりと取って鳥やモグラ対策もバッチリしなければ。仕事はどんどん増えていく・・・。

何でもそうだが、専門知識を持った人と一緒に作業するのはとても良い勉強になるし、なにより仕事がはかどる。良彦さん曰く「言われた事だけやってるサラリーマンより、毎日草とって水撒いて、野菜相手にしてる方がよっぽど大変だぞ」この言葉の重みが、これから痛いほど、良く分かるに違いない。

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る檀家さんの息子さんが、新興宗教に入ってしまったらしい。それを知った親御さんから夜連絡があった「息子が、息子が・・・。もう、いくら言っても聞かないんです。住職さんから息子を説得してください!お願いです!」泣きながら、母親からの連絡だった。

その後すぐに息子さんから相談の連絡を受けた。どうしたらいいか、本当に困っている様子だ。

「知り合いの女性に誘われたんです。最初はお茶だけかな?と思ったら付いて行った先が新興宗教の研修所だったんです。悪い人達じゃないし、でも親には猛反対されるし、住職さん僕はどうしたらいいんでしょうか」

内部の人間の話や、実際に連れて行かれた研修所の話を聞く。なるほどなるほど・・・。話をするうちに、彼の中に「おかしい」という感情が芽生え、約30分の電話だったが、きっぱり「辞めてきます」と言ってくれて、その電話を切ることができた。

彼にも言ったことだが、誘われた側に全く落ち度はない。むしろ被害者である。そして、一度入信してしまった自分を責めないでほしい。ということ。更に、純粋でまじめであるがゆえに起こった事。その純粋で、真面目な自分を責めるのではなく、むしろ自信を持ってしっかりとした別のところで積極的に生かしてほしい。彼には分かってもらえたと思っている。

こうした勧誘は、イイ人、まじめを装った人間が、本当にまじめなイイ人間を狙って勧誘してくる。断ることができないでずるずる行ってしまう気持は十分良く分かる。彼を責めることはもっての他だし、勧誘してきた人をボロクソに言ったところで何も変わらない。相談を受ける側の、器量と経験が最も試される場面である。

もしも、家族や知り合いから、「実は私も・・・」という相談を受けたら、どんな小さな事でも、できるだけ早く菩提寺に相談してきてほしい。病気と一緒で、後で後で・・・と言っていると、本当に取り返しのつかないことになることになるケースもあるということも、合わせて知っていて欲しい。

 

吉ではすっかり寝坊をしてしまった。朝日がそのまま顔に差してきて眩しくて目が覚める。急ぎ足で徒歩15分のところにある「人吉別院」を目指す。人吉はこの辺りではちょっとした繁華街なのだがさすがにこの時間はまだ人通りも少ない。ちょうど歩いていたおばさんに道を尋ねる。笑顔で気もち良く応えてくれた。熊本の人は本当に気持のいい人が多い。

道の途中にふとたたずむ、何も知らなければそのまま通り過ぎてしまいそうな、そんな場所に「人吉別院」はあった。一見良くありそうなごく普通のお寺にも見える。山門をくぐると正面にそびえる本堂。境内もここ最近見た中では一番小さいと言えるかもしれない。

早速本堂にあがらせていただいてご本尊を拝む。「ん?」ごく普通のお寺にはない、ずっしりした何かを感じた。それもそのはずである。ここは「隠れ念仏」と言って幕府の弾圧から逃れてひっそりと念仏を唱え、多くの殉教者を出しながらも信仰の火を絶やさなかった先人が残した、由緒正しい浄土真宗の寺院なのである。

大きくはなくていい。立派でなくてもいい。信仰の火が絶やされなければそれでいい。先人のそんな願いが込められているんだろう。確かに感じた「何か」は、きっと先人の強い信仰心だったのかもしれない。

人吉でお土産の焼酎を買い、静岡への帰路につく。終わってみれば、あっという間の旅立った。

最初は気分転換に。と思って初めた旅だったが、気づけば人生も転換させられてしまいそうな、様々な出会いと刺激の強い旅に変わっていた。

日蓮宗のお坊さんが他宗のお寺を回ることに賛否両論はあるかもしれないが、終わってみて言えることは、お坊さんだからこそ、お互いに他宗のお寺を見てほしい。必ず坊さんとして生きるヒントが見つかるはずである。

また一般の方にも「百寺巡礼」おすすめです。次の長期休暇に、ぜひ挑戦してみてください!

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8時にホテルを出て長崎市内にある「崇福寺」を目指す。繁華街を通り抜け、高台の少し落ち着いた場所にずっしりと存在感のある古き建物を発見。「ここだ」と確信する。門を通り過ぎると、この旅始まって以来の「拝観料」300円を支払う。

朱色の、中国を思わせるお堂からは、今まで自分が経験したことのない「和」ではない「中華」の心を感じ取る。しかし、さすがに拝観料を支払うだけあってか、境内が見事に整備されている。また、繁華街が近くにあるため、きっと公園のように酔っ払いの溜まり場になるのを防いでいるんだろう。そう考えると、この300円は決して高くはない。

また、ひとつ不思議なことがあって、こちらのご本尊の前に立った時、自然と手を合わせている自分がいた。もちろんご本尊の前での合掌は習慣になってはいるのだが、それとは違って、自然と手を合わせたくなるという、心から「ありがたい」「あたたかい」何かを感じた。この感動はめったに出会えることではないので、本当に300円で貴重な経験をさせて頂いたと思っている。

それからさらに市内を歩いて進み、続いて「興福寺」へ。こちらも拝観料300円を支払い、朱色の山門をくぐると、先ほどと同じ「中華」の空気が広がっていた。2ヶ寺続けて朱色の「中華」が続くと、どうしても「和」が恋しくなる。海外を旅行して和食が恋しくなるあの感覚と少し似ているような・・・。

朱色の建物に包まれていると、はじめは新鮮でいいが、慣れてくると何だか飽きてしまう。日本人にはやはり「和」の心がしみついているせいなんだろう。ウチは仏教で、しかも日蓮宗で良かったと再確認する。

気を取り直して旅を続ける。長崎から特急かもめに乗って鳥栖。鳥栖から乗り換えて特急つばめで熊本まで。熊本から市電に揺られて目指すは「本妙寺」へ。

ここは今回の旅で唯一の日蓮宗寺院。自然と期待も大きくなる。長い長い参道を通り過ぎると、今度は高い高い石段が続く。ハアハア言いながらようやく頂上に着くと、加藤清正を祀る立派な本殿が出迎えてくれた。こんな高い所にあるのに、参詣者がちらほらと登ってくる。ここは間違いなく地域の人にとっての「信仰」の霊場だ。

寺院とは、風景としても奇麗な場所。心が安らぐ場所。また一方では、お願い事をしに参詣をする祈願所でもあり、さらには身心を鍛え、信仰心を磨く為の修行の道場でもあるという、この三拍子を揃えるというのが、一流の寺院といえるのではないかなと、石段を下りながら自分の中で色んなことが交錯した。

気づくとすっかりと日が落ち、熊本から人吉までの各駅電車の中でぐっすりと寝てしまった。人吉駅前のあおやぎというビジネスホテルで宿を取り、ぐったりしながら3日目が終わる。

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のお勤めをし、しとしとと雨の降る中、姫路駅まで送ってもらう。新幹線で博多に着き、そこからは各駅停車で二日市まで。目指すは「観世音寺」天台宗九州一の由緒寺院である。

寺への参道を歩いていると、何やら絵描きが寺の風景を描いている。よく見ると、電線やら近代的な建物やら、邪魔なものが一切ない。きっとここ何百年と変わらない景色なんだろう。境内に入ると、幾つかのお堂が出迎えてくれた。先ずは本堂で手を合わせ、それぞれのお堂でも参拝を済ます。

ただ、ひとつ残念なのが、境内が雑草やら落ち葉で汚かった。どんなに歴史や文化のあるお寺でも、境内が汚いというのは、それだけでイメージが悪い。遠くから眺める絵描きにはいいかもしれないが、純粋な心を持って境内まで入って参拝される方には、そこの住職の考え方から、寺の行末までも見えてしまうような、そんな気がした。

いきなり一発目から、いろんな意味で考えさせられた、いい経験になった。

続いて、再び各駅で今度は久留米へ。駅前で久留米ラーメンを一気にかき込み、今度は臨済宗の「梅林寺」へ。駅から10分ほど歩くと、近代的な入口とは裏腹に、門をくぐるとそこには歴史と趣をを感じさせるお堂が立ち並ぶ。ここは、現在でも厳しい戒律のもとで修行に明け暮れる雲水たちの姿が見られる、由緒ある寺院でもある。

米を炊く大きな釜や坐禅をする禅堂も拝見させて頂いた。ここには「道場」という言葉が良く似合う。また、お寺から自然と湧き出る生き生きとした活気も感じた。

やはり寺には「修行」という言葉が良く似合う。心を清め、身体を鍛え、それが信仰となってその人を支えてくれる。そんなお寺を目指したいと誓い、本堂で合掌。

駅に戻り、急行で諫早、各駅で大村。実はここにも同級生が住んでいる。今川君だ。彼も先日壱百日の荒行を終え、少し体調を崩していたのだが、嫌な顔一つ見せず、親切に長崎を案内してくれた。

貴重な「濃い時間」を過ごす。最後にちゃんぽんで締め、あっという間に二日目も終了。

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は今、旅をしている。じっくりっと計画を練って・・・とはいかないが、予定を見てここぞという時にはできるだけ行くようにしている。というのも、ただ行きたいところに行くだけの旅ではなく、五木寛之さんが旅をして、感動したお寺を紹介した番組「百寺巡礼」を見て、自分もやってみたいと思ったのがきっかけ。坊さんとして生きるヒントがあるんじゃないか。そう思って旅をしている。

ちなみに、昨年は山陰地区のお寺を廻ったので、今回はその続き。

途中、姫路で住職を務める同級生、福田君のお寺で一泊させてもらう。旅の途中、知り合いの家を訪ねるというのも、旅の醍醐味でもある。

急な訪問にも関わらず、笑顔でお出迎えしてくれた福田君と奥さんの景さん。お互いに近況を報告し合いながらすぐに話もはずむ。実は自分はこういう時間が一番好き。奥さんの景さんお手製の「たこ焼き」を頂きながら、時間を忘れて話は尽きない。

坊さんになってお互いに8年が経つ。今はあの頃とは環境もテーマも違うが、「坊さん」であるというところだけは一緒。悩みも喜びも、なんだか似たような話になる。

学生に戻ったような、そんな束の間の貴重な一夜を過ごさせてもらった。

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5時に起床。皆を起こし、顔を洗って本堂に行く。朝勤は全員での読経。昨日の唱題行の成果があってか、参加者の集中力が違う、ピリッとした良い緊張感。

掃き掃除・拭きそうじをして本堂をきれいに磨く。参加者の雰囲気も良い。当然朝飯もうまい。

さらに写経と続き、その後偶然檀家の西澤さんが持ってきてくれた「あじさい」を植えることになる。

しとしとと雨が降る中でのあじさい植え。植物を植えるには、もってこいの恵みの雨となったが、参加者が嫌な顔せず楽しそうに植えてくれたのは嬉しかった。

お昼を食べ、その後茶話会を行って全プログラムは無事終了。参加者も口を揃えて言っていたが、本当に「濃い一日」になった。また主催者である私が楽しくできたというのが何よりの収穫になった。

お寺とは、葬儀・法事を催すのは当然だが、釈迦の「おしえ」をきっちりと人々に伝える為の修行の道場でもあるはずである。その意味において、今回の「里山つなぎ隊」は、未来につながる十分な手応えを感じることができた。

定期的に計画をするので、今回参加されたメンバーを含め、次回はもっと多くの方にも参加を頂きたい。

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日は下柚野にあるホールアースさんとのコラボ企画「里山つなぎ隊」。内容はお寺で一泊二日してお教や掃除・日常の生活に触れて頂き、仏教を五感で感じてもらおうというもの。

また、偶然ではあるが今月から始まる月一「唱題行」とも重なったので、一人でも多くの人に知ってもらうには良い機会かなと・・・。

参加者はスタッフ入れて4名。若干少ない気はしたが、初めての企画だしそこは気にしない。夕勤から始まって夕食の支度、夜7時からは唱題行。最後はしっかりと酒を交わして本音トークもできた。

今日会ったばかりの人と、本気で語れるというのは充実している証拠。

実のある、とっても楽しい一日だった。

途中から、突然の参加者もあったりして、ナカナカよい雰囲気で一日目が終了。

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日は法事が2件という、妙泉寺には珍しい一日だった。よそのお寺さんだと、一日に多い日は5件6件と重なる日もあるそうだが、うちは2件でも珍しい・・・いいのか悪いのか。。

この時期に法事をされる方は、だいたい「たけのこ掘っていいですか?」と尋ねてくる。ウチもさすがに食べきれないので、どうぞ掘って持ってってくださいよ~。と出来るだけ言うようにしている。

桜の時期もいいが、たけのこの時期も、自然が人と人とを結んでくれる。

地域の人の交流の場所、開かれたお寺づくり。目指す場所はそこにある。

確実に一歩づつだが道はできてきている。あとはこの道にしっかりと種を植え、花を咲かせる日を地に足をつけ、自分の手でやってみたい。

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級生たちと、誕生日会という名目の同窓会をやった。しかも会場はウチ。

坊さんを職業にしてから、人をうちに呼ぶとどうしてもお客さんとして見てしまう癖がついていた。しかし、相手は10年近く一緒に遊んできた同級生。もちろん客ではない。

最初は↑この事でウチでやることに少し抵抗があった。しかし飲んでしまえばそこはやはり同級生。少しは大人になったのかなぁ。

久しぶりにみんなとこんなに揃って話をした気がした。もしかしたら初めてかもしれない。とってもいい夜だった。また、その会場を自分が提供できたことを嬉しく思えた。

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事の合間を縫って朝9時から昼12時までというのが日常の畑にいる時間。しかし実際土を耕していると、畝をひとつ作るだけで一時間もすれば手も腰も痛い。

「これは思っていたより大変だ」畑をやって一週間。どうやら最初のブランクに突入したようだ。

植える苗は、にんにく・とうがらし・らっかせい・トマト・さつまいも。の5種類。どれも自分の生活に欠かせないもの&ある程度保存が効いて、人にあげても喜んでもらえるもの。この3つの条件を満たして振るいにかけられて見事に残った野菜たち。

畑づくりも、人づくりも、きちんと基本から育ててあげなければ、ロクなものはできない。

とにかく、収穫の喜びを連想して一まず乗り越えるとするか。

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日の荒修行を終えて三か月近くがたつ。早いものである。修行中、同じ釜のお粥を食べ、冷えた味噌汁をすすり、時にはぶつかり、時には支え、一緒に泣きながら水をかぶった仲間と初めての再開である。

修行中、こいつらと「いつか飲みてぇ」って何度も思っていた。それがまたその時の原動力でもあった。

そんな仲間と、念願叶っての再会。

乾杯っ!!・・・「うーん、たまらん。。」

また会いたい。と思える人と会っている時間ほど、大切なものはないと思っている。その至福の時間の為に、嫌なことも乗り越え、また頑張ろうと思う。

修行中も、今の自分も、考えてる事は一緒なんだと再認識させられた一夜だった。

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